2017年度入試
出題分析と入試対策
  慶應義塾大学 医学部 化学

過去の出題内容

2017年度

番号 項目 内容
理論、無機 元素の発見の歴史と関連事項-鉄、水銀、スズ、鉛、硫黄、リン、ヘリウムの単体の性質、金属の結晶構造、鉄の製錬、炎色反応、原子量の計算と基準の変更
有機、理論 グリシンとリシンからなるトリペプチドの決定、逆滴定によるアンモニアの定量、イオン交換樹脂の構造と性質、陽イオン交換樹脂を用いたアミノ酸の分離
理論 エステルの加水分解の反応速度-中和滴定の実験操作、反応速度の解析

2016年度

番号 項目 内容
理論 ボルタ電池、ダニエル電池、鉛蓄電池の原理とこれらの充放電に関する量計算
無機、理論 二酸化炭素に関する総合問題-電子式、気体の発生、水への溶解、電離平衡
有機 分子式C20H19NO6の芳香族化合物の構造決定と関連化合物の性質

2015年度

番号 項目 内容
理論、無機、有機 タンパク質の水溶液の性質-親水コロイド、浸透圧、Cu2+、Cu+の沈殿生成反応と錯イオン、酒石酸とクエン酸の構造、氷の結晶構造の特異性
無機、理論 アンモニアおよび硫化水素の性質と実験室における発生と捕集、過マンガン酸塩滴定によるCODの測定
有機 芳香族エステルの構造決定、安息香酸のベンゼン溶液中での二量体形成

出題分析

分量と形式

13年度は大問4題だったが、例年大問3題の出題で、それらが5~7題程度の設問を含んでいる。いずれも記述式の問題で、論述問題も含まれ、また、問題の出題意図を理解するのにある程度時間を要することもあり、決して分量は少なくない。

内容と難易度

07年度以降は理論・無機・有機からバランス良く出題されていたが、14年度は第Ⅱ問がデンプンに関する総合問題だったこともあり、有機化学の比重が重かった。また、13年度は無機からの出題は第Ⅰ問の小問1つのみであった。以前は生物と関係の深いテーマも取り上げられ、慶応医学部で期待する学生の資質として、化学の学習においても、生物の素養を要求しているのかもしれない。有機化学の問題でも有機化合物を題材にした化学の基本事項に関する設問や計算問題が多く含まれ、理論化学の応用とみる方がよい設問も多い。無機化学の問題の中にも、理論化学の部分の理解が不十分であると解答できない設問が多く含まれ、単に知識の有無を問うような設問は少ない。たとえば、11年度の塩化銀とクロム酸銀の沈殿生成反応を応用した塩化物イオンの定量法を溶解度積を用いて考察する問題、10年度の3価の弱酸の中和の第一当量点のpHをきちんと考察する問題などがその類である。これらの問題は、無機化学、有機化学の体裁を装ってはいるが、単に物質についての知識があるだけでは、決して正解は得られない。また、理論化学の問題では、17年度に久しぶりに反応速度が取り上げられた。高校で反応速度を測定したり、その解析をするといったことはほとんど行われていないので、教科書に取り上げられているテーマではあるが、受験生には難問である。反応速度の解析では、しばしば数学的な処理が必要となるが、数学を化学の問題にも適切に応用することができる学生を入学させたいという大学からのメッセージとも考えられる。
無機化学からの出題は、ある元素に着目してその元素に関連する種々の事項をいろいろな角度から問う形式の総合問題となっていた。結果として、見かけ上は無機化学の問題でも、原子の電子配置や分子の電子式、反応や溶液の理論、気体の計算、弱酸の電離平衡、電池と電気分解などが扱われている。この形式の出題が有機化学にも取り入れられ、16年度は二酸化炭素、14年度はデンプン、12年度はアセチレン、11年度は銀、10年度はリン、09年度は硫黄、07年度は鉄、04年度は窒素、03年度はマンガン、01年度は窒素、00年度は亜鉛に関連した総合問題が出題された。ただし、18年度はどの元素が取り上げられるか、などと考えることは無意味であり、常に理論の学習をするときにも、その理論が成り立っている具体的な物質にはどのようなものがあるかを考え、物質の性質を学ぶときにもただそれを覚えるだけでなく、その背後にある理論を意識する態度が重要である。個々の設問はいずれも標準的なものだが、それが総合問題の中で意外な形で出題されると、上手く解決できないこともあり、決して易しい問題とは言えない。
また、分野は毎年異なるが、実験に関連した設問があり、これは実際に実験の意味をよく理解して実験を行っていないとなかなか完全に答えるのは困難な問題となっている。たとえば、17年度の滴定操作においてビュレットを使用する際の注意すべき点、15年度の実験室におけるアンモニアの発生と捕集における注意点や過マンガン酸カリウム水溶液を用いた酸化還元滴定における終点の判定法、13年度の溶媒抽出による水溶液からの回収率、12年度のアセチレンの製法などがその類である。

入試対策

以上分析したように、本学部の化学の問題は極端に難しくはないが、総合的な理解が要求され、決して易しくはない。また、受験生の質を考えると、合格点はかなり高いと予想され、基礎を確実に理解しそれを適切に応用する必要がある。全体としては、理論、無機、有機から片寄りなく出題されているが、無機、有機でも理論化学の理解無しには満足な解答を得ることは難しく、理論が重視されていることは間違いない。単に知識の量を増やすだけの学習ではなく、その背景にある理論をよく理解するような学習が必要である。また、それらの理論は、教科書ではある単元の中でのみ扱われているのが普通だが、ありとあらゆる場面でも成り立っていて、いろいろな場面で適切に応用できるようにする必要がある。さらに、それらの理論を正しい論理を組み立てた中で、適切に用いることができるようにすることが大切である。たとえば、10年度のリン酸の中和滴定では、溶液のpHからどの段階まで中和されたかを適切に判断しなければ、正解が得られず、08年度のアラニンの電離平衡の問題では、陽イオン型のアラニンを2価の弱酸として考察することが要求され、様々なpHにおいて主に存在する構造を定量的に扱うという、電離平衡を原理から理解していないと解答が困難な出題となっていた。
上でも触れたが、無機化学の出題はある元素に着目した総合的な問題となっている。物質の科学として化学を捉えるとき、物質についての知識は必ず必要だが、本学部ではそのような捉え方以上に、その背景にある化学的な理解を重要視している。したがって、「物質の変化は何故起こるのか」、「物質の変化はどのように起こるのか」ということを反応の理論に基づいて、日頃から考える学習態度が大切である。
計算問題は量的に多くはないが、確実に解答したい。計算問題で主に取り上げられるテーマは、反応式に基づいたモル計算である。これは化学の量計算の基本であり、当然である。たとえば、17年度の逆滴定によるアンモニアの定量やエステルの加水分解で生じる酸の定量、16年度の電気化学の計算、14年度のデンプンの加水分解による溶液の凝固点降下度の変化、12年度の炭化カルシウムの純度の計算や合成ゴム1分子に含まれるアクリロニトリルの数の計算も、やや複雑ではあるが、モル計算である。ただし、このような計算で必要となる原子量は与えられるものの、アボガドロ定数や気体定数、電子1molの保有する電気量であるファラデー定数などの基本的な物理定数は与えられない。このような定数は、筆者は本来覚えるべき数値ではないと考えるが、将来このような分野に進もうとする人は、この程度は常識としてほしいという大学からのメッセージと捉えることにしよう。
有機化学からの出題は、年度によってかなり傾向が変わるが、極端に難しい問題はなく、基本的な有機化合物に関して的確に理論を応用して考察することが要求されている。また、17年度はペプチド、14年度はデンプン、11年度は油脂、10年度はスクロースとタンパク質、09、08年度はαアミノ酸とペプチド、06年度はリン脂質が取り上げられ、生物と関連して天然物に関するかなり細かな知識も問われているので、この分野は少し丁寧な学習が望まれる。また、有機化学に限らないが、弱酸の電離平衡はしばしば取り上げられ、それも原理からよく理解していないと正解が得られない、やや難しい問題となっている。
本学部の入試では、分野は特定できないが、必ず的確な文章で答えさせる設問が含まれている。17年度の原子量基準の変更の理由、16年度のダニエル電池における素焼き板の役割、15年度の過マンガン酸塩滴定における終点の判定方法や安息香酸のベンゼン溶液中の見かけの分子量の説明、14年度のリチウム電池の電解液に水を用いない理由やカルボン酸の沸点が高い理由、13年度の重水を用いた水溶液の浸透圧の測定、12年度の合成ゴムの性質などがその例である。このような問題では、論旨を明確に展開することが最も重要であり、さらにキーワードとなる適切な科学用語を用いて答える必要がある。そのためには、日頃から論理的な思考を心がけ、計算問題でも公式に数値を代入して何らかの数値が求まることで安心するような学習は避け、背景にある化学的な内容を理解しようとする学習態度が大切である。
※本ページ内容は一部のコメントを除き、駿台文庫より刊行の『青本』より抜粋。