2017年度入試
出題分析と入試対策
  慶應義塾大学 法学部 論述力

過去の出題内容

2017年度

設問 課題内容 課題文
次の文章を読み、著者が立憲主義をどのような原則として理解しているかを明らかにしつつ、それに対するあなたの考えを述べなさい。 信仰や生き方など絶対的な正しさが存在しない比較不能な価値観は、互いを敵と味方とに分けて、血みどろの争いに発展してしまうことがある。これを防ぐために、冷静な分析・討議・判断の場を設けようとするのが立憲主義だ。 長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書、2004年

2016年度

設問 課題内容 課題文
次の文章を読んで、トインビーの文明観とその根拠を400字程度でまとめ、世界文明は「来ようとしている」という指摘について、世界で今起きている具体例に触れつつ自分の意見を述べなさい。 西洋文明は非西洋文明にやがて主導権を奪われ、相互の学びあいの中から世界は一つになり、世界文明が来る。 山本新『人類の知的遺産74 トインビー』講談社、1978年

2015年度

設問 課題内容 課題文
次の文章は「生物多様性」を題材に論じたものである。著者の議論を400字程度でまとめ、人間社会における「関係価値」について具体例をあげながら論じなさい。 生物多様性の保全と利用をめぐる議論は、地域という主体を置き去りにして経済価値にのみ重点を置いてきた。こうしたグローバルな交換価値に地域の使用価値を加え、さらに、両者をつなぐ関係価値を重視することで、より現実的で意味のある議論になる。 阿部健一「生物多様性という関係価値-利用と保全と地域社会」『科学』2010年10月号

出題分析

特色

本学部は1983年度入試から論述力試験を導入している。それから30年以上を経過したが、その間、課題文の分量や解答形式に大幅な変更がないまま今日に至っている。もっとも出題傾向が安定している論文入試の一つである。この試験の最大の特色は、課題文・筆者と受験生との「対話」を求める点だ。
「対話」を成立させるためには、まずは相手(筆者)の考えをしっかり聞くことが大切になる。主題について筆者が何をどのように説明しているかをつかむことが「しっかり聞く」という意味である。それができているか否かをみて、大学側は受験生の理解力を評価する。
そして、筆者の考えをしっかり聞くこと以上に大切なのが、筆者と異なる自分自身の考えを示すことだ。筆者に対する単なる「うなずき」「相づち」では「対話」とはいえない。筆者と異なる独自の意見を論理的に展開できているか否かをみて、大学側は受験生の発想力や構成力を評価する。
もちろん、表現力がなければ答案は正しく評価されない。文章表現が簡潔で的確なことによって初めて、自己の理解力、発想力、構成力を大学側にアピールできる。入学試験要項(本冊子P.15参照)は論述力試験ではかる能力を以下のように表現している。筆者と「対話」を通じて、これらの能力を発揮しよう。
理解力 読解資料をどの程度理解しているか
構成力 理解に基づく自己の所見をどのように論理的に構成するか
発想力 論述の中にどのように個性的、独創的発想が盛り込まれているか
表現力 表現がどの程度正確で、かつ豊かであるか

出題パターン

筆者との対話という点で出題パターンは一定している。実質的に3問構成の出題になった一例(2006年度出題)を除いて、課題文の理解と論述を合わせて1000字でまとめる点で設問形式も大きな変化はない。
課題文の理解に関する過去5年間の設問の表現は、以下のとおりである。「まとめ」という表現を用いているが、全体要約ではない。まとめるべきポイントを明示していることから、論点・争点等の説明をする部分要約といえる。
出題年 課題文の理解にかかわる設問の表現
2013年度 問題点を300字程度にまとめ
2014年度 筆者の分析を踏まえて
2015年度 著者の議論を400字程度でまとめ
2016年度 文明観とその根拠を400字程度でまとめ
2017年度 著者が立憲主義をどのような原則として理解しているかを明らかにしつつ
なお、出題される課題文の分量は、年度によって多少の違いはあるが、3000~4000字程度である。論述力試験の時間は90分であり、その時間内に課題文を読み、内容を理解し、自分の意見を構想し、1000字以内の答案を書く…という仕事量を考えるならば、この程度が適量といえよう。

出題テーマ

入学試験要項(本冊子P.15参照)には「広い意味での社会科学・人文科学の領域」とあるだけだ。これでは説明していないに等しく、現代の社会・世界のあらゆる問題が出題される可能性がある。実際にこれまでの課題文と設問をみると、出題テーマが多岐にわたることがわかる。
このように出題テーマをしぼりきれないことは、多くの受験生が考える[出題テーマについての知識をたくわえる→それをネタにして自分の意見を示す]ことがきわめて困難なことを意味する。知識やネタに依存するのではなく、課題文・筆者の考えをしっかりと聞いて、その場で考える柔軟な対応力こそ必要だ。
いずれの出題も、以下に整理したように現代の社会・世界に関する何らかの現状・課題認識が背後にある。
出題年 テーマ 現状・課題認識
2013年度 内閣総理大臣のリーダーシップ 決められない政治
2014年度 ケアの倫理と正義の倫理 家族の多様化
2015年度 人間社会における関係価値 生物多様性をめぐる対立
2016年度 社会・世界の未来像 テロ・戦争・難民流入
2017年度 立憲主義 安保法制の成立
かつて、論述力試験の現状(マニュアルやネタに対する受験生の過度の依存)への注意喚起ともいえる出題があった(2006年・設問は後掲)。その課題文には「問う能力、というのは…問題を発見することであり、あるいは問題意識をもつということである」との記述があった。上記の一覧をみれば、現代の社会・世界に対する能動的な問題発見・問題意識が受験生に求められていることがわかる。

難易度

論述力試験の場合、一概に難易度をいうことはできない。そこで、筆者との対話の要素である課題文の理解と自己の見解の論述とに分けて簡単に説明したい。
課題文の内容は専門書ではなく新書のレベルなので、細部はともかく「大意」をつかむことはできるはずだ。課題文の理解は解答の一要素にすぎないが、これを過大視すると細部まで理解しようとするため難易度が高くなる。受験生のこうした自縄自縛(必要以上に詳しい理解をしようとして、かえってわからなくなること)を避けるため、前述のように、課題文理解のポイントを明示するなど、出題者も工夫している。
論述の難易度は解答者の状況に影響される。課題文の理解が不十分なとき、または自己の見解が漠然としているときは、当然に難易度が高い印象になる。これに対処するには、「何が問われているのか」を中心に課題文の「大意」をつかみ、それに対する自己の立場を明確にすることが必要だ。これが論評である。論評が論述の軸を明確にし、難易度(何を書けばよいかわからないという混乱)を低減させる。

入試対策

本学部の論述力試験は理解力、構成力、発想力、表現力という四つの能力の有無、優劣が問われる。以下のように各能力を強化し、総合力をつけていくことが入試対策の中心である。

1.理解力:論旨を中心に把握する

前述したように、課題文の理解のポイントは設問に明示されている。設問の内容とは無関係に、どんなときにも要約から書き出す答案は、筆者との「対話」以前に設問との「対話」が成立していないといえる。設問をしっかり把握して、それに応じた課題文の扱い方と解答のしかたを身につけることが理解力強化の基本方針である。
課題文の理解はそれ自体が目的なのではなく、あくまでも論述の準備行為である。その内容や方法はあくまでも設問に拠るが、筆者の対話という目的を考えると、基本は「論旨をつかむ」ことである。論旨とは、主題に対する筆者の中心命題(最も言いたいこと)とそれについての説明からなる。前述した課題文の「大意」と同じである。
たとえば、「筆者は○○(主題)についてXと主張する。XとはAのことを指し、その理由はBである。そして、今後の課題としてCを指摘する。」という風にまとめることである。図式化するならば、次のようになる。
論旨=筆者の中心命題(X)+説明(A、B、C)
これを、もう少し詳しく図示したのが以下である。出題例は少ないが、全体要約の場合は、中心命題と説明を連ねていけばよい。一方、部分要約の場合は、特定の論点・説明について掘り下げて理解することが必要だ。
理解力を強化するために新聞や本を読むことを勧める学習指導が多い。しかし、意味もなく文章を読み漁っても理解力はつかないだろう。文章を読むのであれば、常に上記のような論旨をつかむよう心がけるようにしてほしい。慣れないうちは、「要するに、筆者が言いたいことは何か」を考えながら文章を読むようにすると良い。ある高校では週一回の論文入試対策で、必ず課題文のタイトルをつけさせるようにしている。これも同様の趣旨である。タイトルというのは筆者の中心命題(最も言いたいこと)を簡潔に表現したものであり、それをつかむことは論旨把握の第一歩になる。

2.構成力:レジュメ(構成メモ)をつくる

本学部の論述力試験の制限字数は1000字だ。これだけの字数をどのように構成するかが、受験生の最大の悩みである。世の中で論文の型・マニュアルの類が流行するのも、それが悩みを解消してくれるかのようにみえるからだ。しかし、答案の構成もケース・バイ・ケースである。課題文、設問、視点などによって答案の内容や構成は大きく変わる。どんな出題にも対応できる答案の型・マニュアルなど存在しないし、仮にあったとしても、それは実際には効果のない「プラセボ(偽薬)」である。
以下に引用した2006年度出題は、論理的思考力をきたえる努力をせず、安易に型・マニュアルに走る受験生に対する警句であり、答案の構成に悩む受験生に対する貴重な助言でもある。従来までの傾向からみると明らかに異質な出題で、設問には実に細かな"注文"が連ねられている。
以下の文章を読んで、①著者の論旨を要約して論評し、その上で、著者の見解を参考にしつつ、②あなた自身が人に話を聞きにいくときに大切だと考える点を、作法やマナーと呼ばれるものも含めて、二点以上挙げてその理由を説明しなさい。挙げる点は課題文に言及されているものに限らない。また、③あなたが何か学術的な聞き取り調査に行くと想定して、どういう調査で、どういう人に、どんな質問を用意していくかを自由に書きなさい。なお、解答の記述にあたっては、上記三点の解答箇所がわかるように、文章の最初に一、二、三と数字を付すこと。
設問を整理すると以下のようなレジュメができるが、これは他の出題・解答にも共通する論文の骨組み(論理構成)である。出題者は出題を通じて「論文とは何か」を示唆してくれたのだ。

①課題文の要約と論評
・著者の論旨=○○○○○
・    〃    への評価=○○○○○

②人の話を聞くときに大切な点
・A(○○○○○)+理由(○○○○○)←課題文の引用
・B(○○○○○)+理由(○○○○○)←自分自身の考え

③聞き取り調査の想定
・調査の内容=○○○○○
・調査の対象=○○○○○
・質問の内容=○○○○○
←自分自身の問題発見・問題意識
論述力試験に必要な構成力とは、このように主張内容を箇条書きにして整理・統合することであり、レジュメ(構成メモ)をつくることである。気のむくまま直感的に文章を書くだけでは、いつまでたっても構成力は身につかない。何をどのように述べるのか、主張の骨組みだけでもかまわないので書き出す前に整理する習慣をつけよう。
2006年度出題は設問でしつこく問いかけてくれたため、それに対応する形で答案を構成することができた。しかし、そもそも問いかけは自分でするものである。この自問自答こそ論理的思考力の基本である。誰かに問われなくても自分の考えについて、問いかけることができれば構成力は身につく。課題文を読んで何を考えたのか、それはどういう意味・内容か、なぜそう考えたのか、こうしたことから何が言えるのか、今後の課題は何か…問いかける内容は、課題文、設問、主張、脈絡などにより大きく変わる。まさに「問う能力」が求められているのだ。

3.発想力:独自性(筆者との違い)を打ち出す

前述の入学試験要項では発想力を「個性的、独創的発想」と表現している。そんなことをいわれると腰が引けてしまう受験生もいるだろう。しかし、個性・独創性とは、これまで誰も考えつかなかったような考えを指すわけではなく「筆者との違い」程度のものだ。一般的に、課題文の内容を理解するほどに、筆者の主張のコピー(写し)のような答案が続出する。そのように課題文に飲み込まれないで、自分自身の視点と内容を含む答案が発想力を認められる。
独自性を打ち出し、発想力の面でも評価される答案を書くためには、「不同意の技術」が有用である。「不同意」とは、課題文・筆者の考えに容易に「うなずかない」ことを指す。しかし、それは、筆者に反対することだけを意味するものではない。筆者の意見に基本的には賛成だが、筆者があげた理由に「うなずかない」とか、筆者が問題の指摘だけで何の提案もしていない点に「うなずかない」ことも、「不同意」の中に含まれる。
「不同意の技術」は以下のように「NO型の不同意」と「YES型の不同意」とに大別できる。いずれを選択しても、そのことが評価の良し悪しを決めるわけではない。大切なのは立場を明確にすることと、それを軸にして主張を終始一貫させることだ。過去の出題も「賛成の立場をとろうとも、反対の立場をとろうとも、それ自体は採点の対象としない」(1985年度)、「この文章の内容に賛成でも差し支えなく」(1986年度)のように、主張の立場と採点・評価が無関係なことを強調している。
  NO型の不同意 YES型の不同意
主旨 筆者の考え(結論)に反対する 筆者の考え(結論)に賛成する
要点 筆者の考え、説明の問題点を指摘するとともに、対案を示す 筆者の説明(内容、理由、課題、提案など)を補完する
この「不同意の技術」は、受験生の思考停止状態を突破するための仕掛けのようなものだ。課題文を読んで自分自身の考えをすんなりと打ち出せるならば、こうした便法(一時しのぎの便宜上の手段)を使う必要はない。課題文・筆者と自然体で「対話」できるのが何よりも望ましい。

4.表現力:簡潔・的確に伝える

かたくて難しそうな文章…というのが論文に対する一般的なイメージだが、こうした先入観を拭い去ることが大切だ。本学部の論述力試験は課題文・筆者との「対話」である。重要なのは「対話」の中身であって、表現力はそれを読み手にうまく伝える手段にすぎない。肩の力を抜いて、相手(筆者)にわかりやすく語りかけるのが基本である。
わかりやすい表現とは簡潔・的確な文章のことである。たとえば、一つの文章にいろいろな要素を盛り込むと読みづらく、内容もわかりづらくなってしまう。100字を超えるような文章は悪文と考え、簡潔な文章を連ねるようにしよう。また、それぞれの文章は何らかの趣旨を持っている。何を伝えたいのかという趣旨を明確にして、それにふさわしい的確な表現を心がけよう。
また、全体で1000字もあるので、記述内容に応じて必ず段落分けをしよう。一つ一つの文章と同様に、段落も趣旨がある。段落を設けることで、その段落では不要な記述を盛り込まなくなるため、趣旨が明確になり表現の的確性が高まるのだ。なお、本学部のような1000字程度の答案では、3~5段落程度が適当と考え、多段落や無段落を避けよう。
※本ページ内容は一部のコメントを除き、駿台文庫より刊行の『青本』より抜粋。