2019年度入試
出題分析と入試対策
  東京大学 化学

過去の出題内容

2019年度

番号 項目 内容
1 有機 有機合成、フェノール樹脂
2 無機・理論 Ⅰ リンの単体・化合物、燃料電池
Ⅱ 無機化合物の分離・精製
3 理論 Ⅰ 酸化還元滴定
Ⅱ 結晶格子

2018年度

番号 項目 内容
1 有機 アミノ酸とペプチド
2 無機・理論 金属酸化物、アルミニウムの工業的製法
3 理論 Ⅰ 電離平衡
Ⅱ 理想気体と実在気体、化学平衡、熱化学

2017年度

番号 項目 内容
1 有機 脂肪族エステルの構造決定、合成高分子
2 無機・理論 Ⅰ 金属イオンの分析、溶解度積
Ⅱ 窒素化合物
3 理論 Ⅰ 鉛蓄電池、電気分解
Ⅱ アンモニア生成の平衡反応

2016年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ 固体の溶解度
Ⅱ 気体と蒸気圧
2 理論・無機 Ⅰ 分子の形、結晶構造、酸化還元、凝固点降下
Ⅱ アルカリ金属の性質、クラウンエーテルの錯体
3 有機 Ⅰ 芳香族化合物の構造決定、実験操作
Ⅱ 天然物、化学平衡

2015年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ CO2の性質と状態変化
Ⅱ 酢酸の電離平衡・中和反応
2 理論・無機 Ⅰ 酸化還元反応を応用した銅の定量分析
Ⅱ ハロゲンの反応とそれを応用した水の定量分析
3 有機 Ⅰ 脂肪族化合物の性質と反応
Ⅱ 芳香族化合物の性質と反応

2014年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ 水素ガスの製造と貯蔵(熱化学、イオン結晶)
Ⅱ H2+I2→2HIの反応経路(反応速度、化学平衡)
2 理論・無機 Ⅰ 酸化還元滴定、気体の発生法と性質
Ⅱ イオン化合物の水への溶解性の熱化学的考察
3 有機 Ⅰ 糖類の反応と性質
Ⅱ 合成高分子(ナイロン66と温度応答性高分子)

2013年度

番号 項目 内容
1 理論・無機 Ⅰ 酸塩基、電離平衡
Ⅱ 気体平衡
2 無機・理論 Ⅰ 錯体、分配平衡、電解精錬
Ⅱ 物質の結合、放射性同位体
3 有機 Ⅰ ポリマーの合成
Ⅱ アミノ酸の分離、アドレナリンの合成

2012年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ 塩化ナトリウム水溶液の凝固点降下と冷却曲線
Ⅱ 高分子溶液の浸透圧、会合平衡
2 無機・理論 Ⅰ イオン結晶とイオン半径、格子エネルギー
Ⅱ 種々の錯体の形、異性体、モル計算(滴定)
3 有機 Ⅰ L-チロキシンの多段階合成(試薬、分離、異性体)
Ⅱ 単量体と高分子の構造、性質

2011年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ 電気陰性度と極性(定量的扱い)
Ⅱ 電離平衡に関する速度論的考察
2 無機・理論 Ⅰ Ca2+の定量分析(反応、滴定、物質量計算)
Ⅱ 電解によるNaOHの製法(電極反応、溶解度etc)
3 有機 Ⅰ 環状不飽和炭化水素の構造決定
Ⅱ 酸無水物の反応

2010年度

番号 項目 内容
1 理論 Ⅰ メタンハイドレート(種々の計算、平衡)
Ⅱ 酵素反応の速度式、濃度と速度の関係
2 無機・理論 Ⅰ リチウムイオン電池(反応、物質量計算)
Ⅱ Pd2+の錯イオン生成(反応、異性体など)
3 有機 Ⅰ ヒドロキシ酸の構造決定
Ⅱ 多段階分配操作による有機物の分離

出題分析

分量

理論、無機、有機の各分野から大問が3問出題される。2016年までは、さらに各大問がⅠ・Ⅱの2つのテーマに分かれ、テーマ別の問題数としては合計6題という構成であった。また、題意を読み取るのに時間を要する、目新しいテーマやトピックス的なもの、化学実験に関する問題が多く取り上げられ、思考力・洞察力を要するハイレベルな問題や複雑で面倒な計算問題が含まれていた。このため、記述量、計算量が非常に多く、制限時間(2科目で150分)内での完答は極めて難しかった。
しかし、2017年以降は有機分野の大問は1題だけになりテーマ別の問題数が合計5題に減った。さらに、2018年は無機の分野の大問も1題になりテーマ別の問題数は合計4題に減少したが、2019年は2017年と同じ合計5題にもどった。また、2017年以降は、全体として目新しいテーマを取り扱った問題や難解な問題が少なくなり、オーソドックスな設定の問題が増加し、問題文自体も短く平易で読み取りやすくなった。したがって、これまでに比べて制限時間内での完答が十分可能になっている。
なお、大問1題あたり(テーマがⅠ・Ⅱに分かれている場合はあわせて)の小問の数は10前後である。

パターン

東大の場合、小問集合の形で出題されることはまずない。例年、各テーマに関連した記述・論述型の問題がおもに出題され、正誤問題や選択問題は少なめである。記述・論述型の問題では、計算に関して答えを導く過程を書かせたり、いろいろな現象・操作などに関して理由説明などを求める問題がよく出されている。説明問題については、2016年までは字数制限付き(~字以内あるいは~字程度、~行程度)が多かったが、2017 年以降は字数制限がなくなった。特に2019年は、単に「理由を述べよ」と書かれているだけなので、どの程度書けばいいのかさえ提示されなかった。 また、2016年までは、出題分野の順番も第1問が理論、第2問が無機・理論の融合、第3問が有機というふうに固定されてきた。しかし、2017年以降は、第1問が有機、第2問が無機・理論の融合、第3問が理論という順番に変更された。 答案用紙は、理科すべてに共通で、単に罫線だけが引かれているだけなので、はじめて目にしたときにはその使い方に戸惑うかもしれない。縦に線を引いて2段にしても、ワクを書いて区切っても、問題文の指示にしたがって解答を記している限り、どのように使ってもかまわない。

内容

旧課程では、化学工業上の問題、資源問題、環境問題、実際の研究上の問題などに関連して、受験生にとっては目新しいテーマや複雑な物質系、反応系、実験系を素材として取り上げ、それらについての詳細な説明を加えて考えさせる思考型の問題が多く出題された。現行課程になった2015年以降はこうした問題が減り、オーソドックスで標準的な設問も出題されるようになり、2017年以降の3年間は特にその傾向が顕著である。
理論分野に関しては、1つの実験や論文をテーマ にした総合問題が扱われる場合が(特に旧課程において)多く、その中で、結晶格子などの構造や希薄溶液の性質、熱化学、気体反応およびそれに関する反応速度・化学平衡、電離平衡などが出題されてきた。例えば、2014年の第1問のⅠは、地球にやさしい燃料の候補として注目されている水素ガスの製造・貯蔵をテーマにしていたが、主に熱化学の計算とイオン結晶に関する総合問題であった。思考力、情報処理能力、計算力 を試す設問には、知識よりも問題を読み解く能力が必要である。したがって、特別な対策は不要で、理論化学の基本が正確に深く理解できてさえいれば解答できる。なお、通常は無機・理論の融合の中で取り扱われてきた問題が、理論分野で出題されることが増えてきている。例えば、電気化学の問題が2017年の第3問のⅠ(鉛蓄電池と電気分解)で、酸化還元の問題が2019年の第3問のⅠ(ヨウ素滴定)で出題されている。
無機・理論の融合に関しては、日常生活や環境問題に関連した無機物質を素材として使い、それらの分離もしくは分析をテーマにしている。酸化還元、電池・電気分解、沈殿・錯イオンの生成、さらには初見の特殊な反応などを扱う新傾向の問題が多く出題されている。例えば、2015年の第2問の酸化還元反応を応用した銅の定量分析、ヨウ素の特殊な反応を応用した水の定量分析、2010年の第2問のⅠのリチウムイオン電池などの問題がこれに該当する。いずれの問題の場合でも、解答するためには無機物質の性質や反応に関する推察力が必要とされるので、無機化学に関する知識を単に暗記しているだけでは対応できない場合が多い。2008年に後期入試での化学の出題がなくなってからは、無機分野と関連づけて、結晶格子や様々な平衡系(化学平衡・溶解平衡など )が絡んだ理論的な問題も、無機・理論の融合問題の中で出題されるようになった。例えば、2018年の第2問の金属酸化物の結晶構造、2013年の第2問のⅠの分配平衡などの問題がこれに該当する。したがって、これらのテーマに関しては、頻出の電池・電気分解とともに、深い理解に基づく発展的な学習をしておく必要がある。
有機分野に関しては、2011年以前は脂肪族・芳香族化合物の種々の異性体、分離およびそれらを絡めたエステルなどの典型的な構造決定の問題が毎年のように出題された。また、有機化合物の構造(結合の方向性など)、性質(沸点・融点、溶解性など)、立体異性(鏡像異性体、メソ体、ジアステレオマーなど)、有機化学実験(元素分析、反応など)と関連づけた種々の問題も出されてきた。ただ、有機化学の基礎知識の定着度を試そうとする設問が大部分であったため、例年、他の理論分野、無機分野に比べると少しやさしめの問題が目立った。ところが、2012年以降は、ジケトピペラジン、アドレナリン、五糖を単量体とするポリマー、ポリアミド、温度応答性高分子、ポリイミド、L-チロキシン、吸水性ポリマー、グルタチオン、ステロイド系化合物など、天然物、合成高分子化合物と関連づけた特殊なテーマを扱った思考型の問題も出題されるようになり、2012年から2014年までの3年間は典型的な構造決定の問題が一旦姿を消していた。このため、難易度も従来のものに比べて高かった。思考型の問題に対応するには、問題文から題意をくみ取っていける基礎学力とともに、糖、アミノ酸・タンパク質、油脂、合成高分子の構造や性質(反応性)に関する基本的な知識、および立体異性に関する正しく深い理解が必要となる。ただ、現行課程になってからは、従来の、脂肪族・芳香族の反応や性質に基づいた構造決定や異性体に関する問題が出題され、2016年の第3問はテーマⅠが構造決定、テーマⅡは天然物からの出題であった。また、2018年の第1問は題材としては目新しいジケトピペラジン(環状ジペプチド)を扱っているが、アミノ酸の性質・反応以外に一般的な有機化学反応や立体異性の知識を必要とする問題であった。2019年の第1問は、見慣れない有機化合物の合成実験とフェノール樹脂の合成に関する問題で、ここ最近の中では難易度が高めであったが、大問1題にするために無理やり従来の構造決定と合成高分子をくっつけた感がある。

難易度

2016年以前は、初見の新しい素材を使って、詳細な知識ではなく、理解力や思考力などを試す新傾向の問題が多く出題され、それらの問題には、解法パターンをむやみに暗記していたり、高校課程を超える特別な知識をもっていたとしても、なかなか太刀打ちできなかった。また、制限時間当たりの問題数も多かったため、全体としての難易度は高かった。ただ、2017年以降は東大化学の特徴でもあった独創的な問題が少なくなり、難易度的にもかなり易化している。

入試対策

2016年以前に多く見られた、新しい素材を使った、かつ大学入試の枠を越えた新傾向の問題に対しては、特別な対策は必要ない。それらの問題のねらいは理解力、思考力、洞察力などを試すことにあるのだから、高度かつ詳細な知識や解法パターンをたくさん暗記するような学習法はほとんど意味をなさない。要は、日頃より実験を含めた学習の中で、化学の基本に対する深い理解に基づいて、化学的な見方を身につけ、複雑な計算にも論理的に誤りなく導いていける計算力を養う努力をする他はない。新傾向の問題の場合、本文中や設問の中に解答を考える上で必要な知識や数値情報が与えられているので、文章を冷静によく読んで、それらの情報を整理しながら全体の状況を掌握する能力を養うことが大切である。実際には、状況さえわかれば、化学の基本に基づいて比較的容易に解答可能な設問が多いためである。
2017年以降に多く見られる、どこの大学に出題されても不思議ではないオーソドックスな問題に対しては、高校や予備学校、自宅での日頃の学習をきちんと怠らずに積み重ねていくことで十分に対応が可能である。
最後に、以上のような力を養うための具体的な手順を記す。
① 高校の教科書や予備学校のテキスト等を使って、化学の基本(法則・原理、必須知識など)を深く理解し、基礎力を身につける。
② 通常使用している問題集を使って、模範解答を単純に暗記するのではなく、①に基づいて自分の力で解答を導き出す訓練を積み重ね、応用力を身につける。
③ (①、②がある程度身についてきた段階で)東大の過去問や過去の東大実戦模試の問題を使って、問題文から冷静に状況を掌握し正確にしかも迅速に解答を導き出す訓練をして、実戦力を身につける。
あとは、たゆまぬ努力がみなさんを合格へと導くので、根気強く頑張ってほしい。
※本ページ内容は一部のコメントを除き、駿台文庫より刊行の『青本』より抜粋。